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長らく勘違いしていたみたいで

考える事を楽しみたいと思ってたんですけど

どうやら自分の中での哲学の位置付けというのはそもそも

劣悪な感情を好むものというか

劣等感や恐怖に晒されないと盲目的な考えになっていて

それがどちらにせよ自分の怠惰的な日常に深く根ざしているのだろうなといった

仮定はしてみています





狂喜も充足感も多幸感も

日常の灰色をいかにもあらわしたような

幾重にも定点としているんだろうといった

動的に見えてあまり動的ではないというか






あるありふれた作品の中で

歓びを表現する際

笑顔しきりに動的な衝動を用いて

あたかもこれが幸せな感情だという演出を見てしまったけど

それは確かに幸せではあるけれど

灰色に溶け込む初めの関門であることには

長らく気づいていませんでした





そういった中で多幸感を感じて

幸せは日常の中にあるもので

多色的な感情の渦巻く

不安定な場所にはあまり存在しない

それを得た瞬間に灰色に戻ってしまうんだろうと今は怯えてて






私は

一人の世界では生きて行けない

大多数の人がそうであるように

それをして何が才能だといった

劣等感にもにたその中にある高揚こそが

自分が追い求めていたものであって






でも何故かその劣等感は

眠る度に逃げてしまう

激しい胃の痛みや喉の渇きに

ようやく恐らくこの感情に戻ってこれたと喜んで

しかし逃げてしまう






自分には何一つ自分の世界が見えていないから

劣等感を引き出してくれるような

そんな世界や人が必要でした

それも静的な世界ではなく

自分の考えが届かない遥か先の混沌な多色の中で





静的な他人の世界を掴みかけては

これが人間的であるものかと掌握して

掴んだ事象には目もくれずに

きっとおそらく

限定的な言葉にいつまでも惑わされて

惑わされて知らぬ間に灰色へ





私の心と肌は

いつの間にか幸福的な兆候を読み取って

そしてそれを体現していて






とても相対的な考え方でして

飢餓的な自己崩壊もおそらくは

私の境界ではないんだろうというか

ただただ世界を比較したいわけではなくて

ではそういった価値基準で死に切らないのであるならば

一体何のために自分の世界を作り上げ

歪みを呼吸する意味はあるのだろうかと






ただただ凡人で

何の世界も見えずに

ただあがいているだけの私に

閉鎖的な世界で生きることは不可能です





精神的な死と隣合わせな事に半ば喜びつつも

いつ灰色に飲まれるのか

多色的な世界の住人になれる日はくるのでしょうか





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